汎用エポキシ樹脂であるビスフェノールAジグリシジルエーテル(DGEBA)の原料は、ビスフェノールA(BPA: bisphenol A)とエピクロロヒドリン(ECH: epichlorohydrin)です。”エピクロロヒドリン”は”エピクロルヒドリン”とも言われますが、こちらはドイツ語の”Epichlorhydrin”に由来します。
ちなみに、”ビスフェノールA”という名前の由来をご紹介します。正式な化合物名は、”4,4'-ジヒドロキシ-2,2'-ジフェニルプロパン”です。BPAは2分子のフェノールと1分子のアセトンを脱水縮合して合成します。2分子のフェノールなので”ビスフェノール”、アセトンを使うので、”A”です。アセトンの代わりにホルムアルデヒド(formaldehyde)を使えば、”ビスフェノールF”です。
出典:垣内弘編著, “新エポキシ樹脂”, 昭晃堂, p. 20-21 (1985)
繰り返し単位n=0以外のDGEBAには二つの製造法があります。一段法(one step process: taffy process)と二段法(two step process: advanced process)です。二段法を英語で”advanced process”というのは「進んだ」という意味なので分かりますが、一段法を”taffy process”という理由は、調べても分かりませんでした。
一段法
二段法
出典:垣内弘編著, “新エポキシ樹脂”, 昭晃堂, p. 20-21 (1985)
一段法はBPAとECHを直接反応させます。二段法は最初に、BPAと大過剰のECHを反応させて、n=0のDGEBAを作ります。次に、大部分がn=0のDGEBAとBPAを反応させてn=0よりも大きい繰り返し単位のDGEBAを合成します。どちらの方法も触媒は水酸化ナトリウム(NaOH)です。
この反応式をみると、フェノールのHとECHのClが脱塩酸して、NaOHで中和されるように思われるので、私もそう思っていましたが、違っていました。まず、フェノールのOHとECHのエポキシ基が反応して結合します。その後、ECHのClとNaOHのNaが反応して脱離し、エポキシ基から生成した水酸基のHとNaOHのOHが脱水縮合して閉環し、エポキシ基が生成します。これは同位体トレーサー法で確かめられたようです。
これらの合成法の違いは、合成されたDGEBAにも違いができます。一段法はBPAとECHの反応なので、1回の反応で両末端にエポキシ基があるDGEBAが1分子生成します。一方、二段法ではDGEBAとBPAが1回反応しただけでは両末端がエポキシ基にはならず、エポキシ基とフェノール性水酸基になってしまいます。ですから、両末端にエポキシ基がついたDGEBAを合成するには、1分子のBPAと2分子のDGEBAが反応する必要があります。
一段法では1回の反応でDGEBAができるので、繰り返し単位nは0から1個ずつ増えていきます。しかし、二段法では2回の反応で初めてDGEBAができるので、nは0から2個ずつ増えて、偶数にしかなりません。この違いが樹脂の性状にどのような違いを与えるのかまでは、私は把握していません。唯一把握しているのは、二段法ではBPAの代わりに様々な二官能活性水素化合物が使えるので、色々な骨格の共重合体が合成できることです。
エポキシ樹脂の合成反応について加筆します。
1985年に出版された垣内先生の教科書では、以下の反応式が載っています。
出典:垣内弘編著, “新エポキシ樹脂”, 昭晃堂, p. 23 (1985)
この反応式ですと、上記の説明通りに反応することになります。
しかし、2003年に出版された総説エポキシ樹脂には以下の反応式が載っています。
出典:エポキシ樹脂技術協会編, “総説エポキシ樹脂”, 第1巻, エポキシ樹脂技術協会, p. 28 (2003)
この教科書では、最初にBPAがNaOHと反応してフェノラートが生成しています。そこにECHのエポキシ環が反応して、Naイオンはアルコラートになります。次にNaイオンは別のBPAをフェノラートにして、もとのBPAの末端は水酸基と塩素になるという反応式です。
結果はどちらも同じですが、この教科書ではNaイオンが大活躍するという筋書きになっています。1985年の教科書では、このNaイオンの役割を省いた反応式になっているようです。
液状BPA型エポキシ樹脂の不純物に関するご質問をいただきましたので加筆します。
不純物は主に以下の2種類の副生成物です。
加水分解性塩素
α-ジオール (α-グリコール)
加水分解性塩素はNaOHによる閉環ができなかった副生成物で、α-ジオールは生成したエポキシ環に水が付加した副生成物です。
含有量は加水分解性塩素の方がα-ジオールよりも多いことが、グラジエント高速液体クロマトグラフィー(GHLC)による分析結果から分かっています。
以下にGHLCのクロマトグラムを示します。
出典:エポキシ樹脂技術協会編, “総説エポキシ樹脂”, 第2巻, エポキシ樹脂技術協会, p. 113 (2003)
n=0成分の右側にあるピークが加水分解性塩素、一番左側の小さなピークがα-ジオールのピークです。それ以外にも僅かな不純物が含まれていますが、これらの2種類が多いです。
コメントをお書きください
関戸靖明 (月曜日, 04 7月 2022 15:50)
エポキシ樹脂の合成をいろいろと調べていきこのブログにたどり着きました。
エポキシ樹脂(ベーシックレジンと呼ばれるビスA型液状エポキシ樹脂)に含まれる不純物や副生成物等についてです。
化学式中の -O-Na の構造を有する副生成物は最終原料の中には存在するのでしょうか?
現在、各社からベーシックレジンに分類されるビスA型液状エポキシ樹脂を調査しておりますがメーカーによって反応性等が異なりその原因を調査しております。
三菱化学のJER828のようなものを言います。
柴田勝司 (火曜日, 05 7月 2022 12:21)
関戸様
コメントをいただき、ありがとうございます。
ビスA型液状エポキシ樹脂に含まれる不純物は、副生成物である加水分解性塩素とα-ジオールです。加水分解性塩素はNaOHによる閉環ができなかった副生成物で、α-ジオールは生成したエポキシ環に水が付加して開環した副生成物です。
含有量は加水分解性塩素の方がα-ジオールよりも多いことが、グラジエント高速液体クロマトグラフィー(GHLC)による分析結果から分かっています。
これらの副生成物の化学構造式とGHLCのクロマトグラムを本ブログに付け加えておきます。
関戸 (火曜日, 05 7月 2022 18:38)
コメント返信ありがとうございます。
反応性が異なるというのはカチオン重合においてで、ppmオーダーで含まれる-O-Na末端になっているフェノラートの量で違いが生じているのかと疑っております。
実際に末端がフェノラートになっているものは存在するのでしょうか?
柴田勝司 (水曜日, 06 7月 2022 08:50)
関戸様
そうですか。ppmオーダーでの話だったのですね。
GHLCのクロマトグラムにも、%オーダーで存在する加水分解性塩素とα-ジオール以外にも無数の小さなピークがあります。これらの中にNaのフェノラート、アルコラートが含まれている可能性はあると思います。
微量の金属原子を分析する手段としては、原子吸光光度計とイオンクロマトグラフィーを試したことがあります。水酸化リチウムを触媒として、エポキシフィルムを作製するための高分子量エポキシ重合体を合成しましたが、電気・電子用途にフィルムを使用する場合はリチウムイオンを除去する必要があります。合成後の重合体溶液中には100-200 ppmのリチウムイオンが含まれていましたが、この溶液を活性アルミナで処理することにより、0.1-5.0 ppmまで減らしました。この時にリチウムイオンの濃度を測定するために使用したのは原子吸光光度計でした。イオンクロマトグラフィーは精度が低くて使えませんでした。
原子吸光光度計を使用すればナトリウム原子も検出できると思いますが、いかがでしょうか。最近では微量元素の分析にはmICP 質量分析法、ICP 発光分析法なども利用されているようですが、1990年代にはこれらの分析方法はなかったと思います。